太田忍工務店のはじまり

太田忍工務店は、現会長である太田忍が大工の修行を積み、昭和27年に、棟梁として住宅の請負を始めたのがその始まりでした。
大工である太田忍は、「自分で納得のいく住宅を建てたい」、「まずは身近な人達にいい家を建ててあげたい」という思いから独立したと言います。

創業当初は、福井市花月の自宅にて、住宅の設計、施工業を手掛け、数人の大工仲間を職人として雇い、自分や周りの人達の友人・知人から家を建てたい方を紹介してもらいながら、家づくりの仕事を重ねていきました。

地道に、そして真心を込めて家を建てていくことで、新たな出会いやご縁をいただき、お客さまから信頼していただけるようになり、また新たな出会いが生まれていきました。

会長(太田忍)に当時の事を聞いてみました。

私が大工になり無我夢中で走っていた頃は、電動工具類は無くて、全て人力でやっていました。
建て方なども、レッカーなんてないので、だて棒といって長さ6mの杉材の丸太(径は上で15cmぐらい)に、金具と滑車を取付け、ロープ(径3cmぐらい)で、重い材料を人力で吊り上げたものです。

足場も細い丸太で組んでやっていました。
また内部造作部分はベニガラ塗り、柿渋で押さえます。臭いもありよく被れたものです。

昭和34年、自宅の建方をして、(屋根はセメント瓦)外部の小舞壁(竹を組みその上に土壁を塗る工法)を塗る段階のときでした。
大きな台風がきて、まだ構造的な施工をする前の自宅は倒壊してしまいました。
こうなると涙も出ません。何とかしなければと必死でやり直しました。

不幸中の幸いか、倒壊したのは、柱のほぞ(土台や横架材に空けられた同じ大きさの穴にさしこむ突出部)が折れたためで、他の部材は無事でした。
そこで、柱も折れたほぞを作り直し、そのまま使いました。天井は少し低くなってしまいましたが。
この頃のことを思い出すと、苦労もしましたが、若さで押しこくってきたなあと感慨深いです。

その後、昭和49年に株式会社太田忍工務店を設立し、昭和54年に現在の場所に会社事務所を開設しました。

そして今、2代目太田正信が社長として、先代からのお客さまとのご縁、そして新しく育んだご縁を大切に、皆さまから頂戴しました信頼を裏切ることのないよう、太田忍が抱いた「いい家を建てたい」という思いを受け継ぎ、正直な家づくりを続けております。

標準 特大